ヒストリー1939〜1990(設立から50年の歴史)

県スキー連盟の動き
スキー界の動き
社会一般の動き
1939(昭和14年)
神奈川県スキー山岳連盟 横浜駅前新興倶楽部で結成(2月17日)
初代総裁、大村清一(県知事) 会長、中原啓造、 副会長、弥富元三郎
●第1回神奈川県スキー大会(志賀高原)
●第1回全国皆スキー行進開催
●第1回指導員検定講習会五色で開催
●技術検定制定(12級)
●「今日のスキー」福岡孝行邦訳出版
●ハンネス・シュナイダーがノース・コンウエイにスキー学校開設
●ノモハン事件
●第二次世界大戦始まる
1940(昭和15年)
●総裁、飯沼一省、会長 、清水虎雄
●第10回明治神宮冬季国民体育大会神奈川予選会兼第2回神奈川県スキー大会(志賀高原) ●SAJへ加盟。会員数は1093名
●「フランススキー術」邦訳出版 ●国鉄一部の列車にスキー持込禁止 ●砂糖・マッチの切符制始まる。
●日・独・伊三国同盟調印
●第12回オリンピック(東京)第2次世界大戦のため中止
1941(昭和16年)
●総裁、松村光麿、会長、桃井直美
●第11回明治神宮冬季国民体育大会神奈川予選会兼第3回神奈川県スキー大会(志賀高原)
● 第11回明治神宮冬季国民体育大会(小樽)に神奈川選手団初参加
●SAJ特別指導員制度制定 ●全日本スキー連盟財団法人化 ●太平洋戦争開戦
1942(昭和17年)
●総裁、近藤穣太郎
●第4回神奈川県スキー大会(志賀高原)
●日本体育協会発展的解消し、財団法人日本体育協会(会長、東条英樹)が誕生。各スポーツ連盟はその部会として発足 ●米空母発進の16機、東京・名古屋・神戸など空襲。
●ミッドウエイ海戦
1943(昭和18年)
●第5回神奈川県スキー大会(志賀高原) ●第13回明治神宮国民練成スキー大会兼第21回スキー選手権大会(奥日光)
●「スキー年鑑」第16号刊行、以後休刊
●連合艦隊司令長官 山本五十六戦死。
●学徒出陣
1944(昭和19年)
  ●第14回明治神宮スキー大会
●第22回スキー選手権は中止
●第13回オリンピック(ロンドン)第2次世界大戦のため中止
●神風特別攻撃隊編成
1945(昭和20年)
  ●財団法人全日本スキー連盟再発足
●日本のスキー界の恩人レルヒ氏没す
●原子爆弾投下
●終戦
1946(昭和21年)
  ●第1回国民体育大会冬季スキー大会兼第24回スキー選手権大会中止
●指導者講習会開催(野沢)
●社会体育指導者講習会開催(横手、小千谷)
●極東国際軍事裁判開始
●日本国憲法公布
●第1回国民体育大会京阪神各競技場で開催
1947(昭和22年)
●会長、大仏次郎
●戦後、第1回兼スキー大会開催(赤倉)参加者は100名。主に工場団体。
●第2回国民体育大会冬季スキー大会兼第25回スキー選手権大会(野沢)食料と資材不足で中止
●第20回全日本学生スキー大会のみ開催(小樽)
●指導員検定講習、技術章認定制度(1〜3級)復活
●全日本スキー連盟、基礎スキー部を設ける
●教育基本法公布
●改正民法公布
●古橋広之進400m自由形で世界新記録
1948(昭和23年)
●県スキー大会、国体予選、都市対抗戦を兼ねて開催(志賀高原)
●戦後初の第3回野沢国体に参加
●第3回国民体育大会冬季スキー大会兼全日本スキー選手権開催(野沢)
●第5回冬季オリンピック大会(サンモリッツ)日本不参加
●SAJ「一般スキー術」刊行
●基礎スキー部誕生
●全日本指導員検定制度復活
●新制高校・大学発足
● 極東国際軍事裁判下る
●第14回オリンピック(ロンドン)日本は不参加
1949(昭和24年)
●会長、尾関廣
●一般スキーヤー増加のため、スキー部と山岳部を設け活動
●県スキー大会、国体予選、都市対抗戦(赤倉)
●スキー年鑑復刊第17号発行 ●シベリア引揚
●全米水上選手権大会で古橋広之進自由形で世界記録樹立
●湯川秀樹博士ノーベル物理学賞
1950(昭和25年)
●県民スキー講習会初めて開催 ●SAJ「基礎スキー教科書」発刊、外傾とローテーション ●満年齢制の実施
●千円札の発行
●朝鮮戦争勃発
県スキー連盟の動き
スキー界の動き
社会一般の動き
1951(昭和26年)
●松浦末男、土田圭介、指導員検定に合格(野沢温泉スキー場)。本県初の指導員誕生 ●第1回世界スキー指導者会議(インターシー)オーストリア・ツールスで開催 ●NHK第1回紅白歌合戦
●第55回ボストンマラソン日本初参加。田中茂樹優勝
●桜木町駅構内で電車火災
●朝鮮休戦会議開催
1952(昭和27年)
  ●第6回冬季オリンピック大会、戦後日本初参加。(オスロ)
●国民体育大会冬季スキー大会と全日本スキー選手権大会分離開催
●指導員研修会制度を制定
●技術章検定制度改定(1〜5級)
●第1回全国高等学校スキー選手権大会開催(水上)
●メーデー事件
●羽田空港業務開始
●第15回オリンピック、日本戦後初参加(ヘルシンキ)
1953(昭和28年)
  ●第2回インターシー開催(スイス・ダボス) ●山田敬蔵、第58回ボストンマラソンに優勝
1954(昭和29年)
神奈川県スキー連盟独立
会長に佐藤秀三郎就任
●野沢国体で、松浦益司郎、壮年組大回転で5位入賞
●フランスのピエール・ギョー、アンリ・オレイエ来日
●世界スキー選手権大会アルペン競技に、戦後初参加
●全日本スキー連盟、第3代会長に小川勝次就任
●青函連絡船洞爺丸の海難事故
●第13回世界選手権日本発参加(ローマ)竹本正男、田中啓子優勝
1955(昭和30年)
●神奈川県スキー大会(関)
●旭川国体で、松浦益司郎、壮年組大回転で4位入賞
●第3回インターシー、フランス・バルディーゼルで開催。
●オーストリアがバインシュピールテクニックを発表。「オーストリアスキー教程」発刊
●SAJ「一般スキーテキスト」発刊
V字型プライド滑降及び回転
●アルミ1円貨発行
●石原慎太郎「太陽の季節」発表
●第10回国体・神奈川大会
1956(昭和31年)
  ●第7回冬季オリンピック大会、猪谷千春スラロームで銀メダル獲得(コルチナダンペッツオ
●同大会でトニー・ザイラー、史上初の三冠王
●日本登山隊、マナスル初登頂
●湘南高校甲子園初出場初優勝
●第16回オリンピック(メルボルン)大会で、体操・水泳・レスリング等4種目で金メダル獲得
●第1次南極観測船出発(宗谷)
●日本の国連加盟承認
1957(昭和32年)
●神鍋国体で松浦益司郎壮年組大回転で4位入賞 ●第4回インターシー(スエーデン・ストルリーン)
●「オーストリアスキー教程」日本語版発刊
●トニーザイラー、ヨセフ・リーダー日本に立ち寄り、世界の滑りを披露
●南極観測隊オングル島に昭和基地設置
●ソ連人工衛星「スプートニク1号」打ち上げ成功
●5千円札、100円硬貨新登場
●ゴルフカナダカップに日本団体個人(中村寅吉)優勝
1958(昭和33年)
役員改選、会長、副会長丸山吉次郎・黒川秋三就任。理事長三塚正二郎、副理事長石田久夫
●県スキー大会開催(野沢)
●札幌国体で松浦益司郎壮年組大回転で4位に入賞

●アールベルクスキー学校校長ルディ・マット来日。各地で講習会開催
●猪谷選手、世界選手権で回転3位入賞(バドガシュタイン)
●全日本スキー連盟に傷害防止対策委員会を設置
●全日本スキー連盟、第4代会長に長木原均就任
●米国人工衛星第1号成功
●京大登山隊チョゴリザに初登頂
●一万円札発行
1959(昭和34年)
●神奈川スキー選手権都市対抗戦、郡市対抗と名称変更 ●第5回インターシー、ポーランド・ザコパーネで開催
●全日本スキー連盟「SAJスキーテキスト」発刊。バインシュピール技術を採用
●皇太子、正田美智子さんご結婚
●IOC総会64年度オリンピック開催地を東京と決定
●伊勢湾台風中部地方に猛威
1960(昭和35年)
役員改選、会長、副会長丸山吉次郎・黒川秋三就任、新たに三塚正二郎就任。理事長石田久夫、副理事長渡辺直人
●山ノ内国体で松浦益司郎壮年組大回転で10位入賞
●第8回冬季オリンピク大会(スコーバレー)日本参加
●ルディ・マットを招き技術員研修会を実施
●全日本スキー連盟公認パトロール制度制定
●SAJ第1回スキー大学開催(志賀高原)
●安保闘争激化
●第17回オリンピック(ローマ)大会で体操競技4個の金メダル獲得
●カラーテレビ本格放送開始
●5年生高等専門学校新設
県スキー連盟の動き スキー界の動き 社会一般の動き
1961(昭和36年)
●高田・赤倉国体で戸田寛、壮年組距離で4位入賞、塚越廉吉、壮年組大回転で7位入賞
  ●大鵬、柏戸横綱昇進、柏鵬時代の開幕
1962(昭和37年)
役員改選、会長、副会長、理事長留任。副理事長、荻原芳博就任
●小樽国体で田寛、壮年組距離で9位入賞、塚越廉吉、壮年組大回転で9位入賞
●第6回インターシー、イタリア・モンテボンドーネで開催 
●FIS世界スキー選手権大会(ノルディク・ザコバーネ、アルペン・シャモニー)
●全日本スキー連盟会員登録制度発足
●第15回世界体操選手権大会(プラハ)日本男子団体に優勝
●世界最大のタンカー日章丸佐世保重工で進水式
●堀江健一小型ヨットで単独太平洋横断に成功
1963(昭和38年)
●鳴子国体で森本千鶴子、女子回転で7位入賞 ●オーストリアスキー教育使節団クルケンハウザー教授一行来日
●SAJデモンストレータ候補選考会開催(蔵王)
●「スキー教程」発刊。フェルゼンドレーシュープを基本としたジャンプターン
●東海道線鶴見付近で列車衝突事故
●ケネディ大統領暗殺される、テレビの衛星中継実験中に受信。
1964(昭和39年)
役員改選、会長、丸山吉次郎、副会長、村上駒雄・大久保早苗・石川嘉吉、理事長、柳沢須佐男、副理事長、大竹清
●高田・赤倉国体森本千鶴子、女子回転で10位入賞、小西訓雄、青年回転で10位入賞
●第9回冬季オリンピック・インスブルク大会
●第1回SAJデモンストレータ選考会、インタースキー派遣デモ選考会を兼ねて八方尾根で開催
●新潟地震(M7.5)被災のため国体夏季大会中止
●東海道新幹線開通
●第18回オリンピック、東京大会開催。参加国94、選手総数5,541人(日本選手357名)金メダル16個獲得。
1965(昭和40年)
●規約改正、役員選出、規程制定。加盟団体、クラブから協会に変わる。常任理事・理事(加盟団体1名)制となる。最高決議機関は評議員会、5月、11月に開催。役員候補者の選出は評議員会の始まる2週間前。 ●第7回インターシー、バドガシュタインに日本からデモ5名を含む10名参加
●全日本スキー連盟、国際スキー教育(IASI)に加盟
●中川新IASIの理事となる
●ウインザーマラソンで重松森雄世界最高2時間12分で優勝
●朝永振一郎ノーベル物理学賞を受賞
●プロ野球第1回ドラフト会議
1966(昭和41年)
役員改選、会長留任、副会長、石田久夫・松浦益司郎・土田圭介、理事長、園山和男、副理事長、石橋文雄
●神奈川県大会から郡市対抗が分離、単独開催となる
●旭川国体で園部和昭、青年組大回転で6位入賞。
●藤沢選手、ノルディック世界選手権オスロ大会、純飛躍90m級に2位入賞
●「スキー教程」改訂
●全日空機、カナダ航空機など航空機事故が相次ぐ
●日本の人口1億突破
●国民祝日法改正公布(敬老の日、体育の日を決める)
1967(昭和42年)
  ●クルッケン・ハウザー教授一行4名来日、特別研修会を行う
●全日本スキー連盟、公認スキー学校制度を制定
●美濃部亮吉、東京都知事に
●今井通子、若山美子、マッターホルン北壁の女性として初登攀成功
●吉田茂氏死去(戦後初の国葬)
1968(昭和43年)
役員改選、会長、小金義照、副会長、理事長留任。副理事長、笹貫敏男。
●白馬国体で岩谷俊一、青年組距離で2位入賞。佐々木峻、教員組大回転で4位入賞。大向実、青年組大回転で7位入賞。長屋政行、成年複合で10位入賞
●第8回インターシー・アルペンで開催
●第10回冬季オリンピック・グルノーブル大会開催、キリーがアルペン三冠王。
●全日本スキー連盟第5代会長、東龍太郎就任
●霞ヶ関ビル完成
●郵便番号制度発足
●第19回オリンピック・メキシコ大会、日本金11、銀7、銅7を獲得
●川端康成ノーベル文学賞
1969(昭和44年)
●郡市対抗戦、県総体冬季大会に位置付け
●流葉国体で岩谷俊一、成年距離で2位入賞。佐々木俊、教育大回転で3位入賞。
●県連規約一部改正。常任理事制を廃止理事制となる。評議員の召集は7月。会計年度6月1日に始まり、翌年5月31日までとなる。
●「SAJスキー教程」発刊。開脚・屈伸・平踏み先落としによるターン
●伊藤義郎FIS理事となる
●43年度GNP資本主義国世界2位
●東名高速道路全通
●日本発の原子力船「むつ」進水
●米アポロ11号人間を乗せ初の月面着陸に成功
1970(昭和45年)
役員改選、会長留任、副会長松浦益司郎・土田圭介。新任に北田倉吉理事長留任。副理事長、楓山一登。
●第25回倶知安国体で長屋政行、成年複合で2位入賞。大向実、成年大回転に4位入賞。佐々木峻教員大回転に10位入賞
●オーストリア文部省が国際スキー教師講習会を開催「ヴェーレン・テクニック」を発表 ●日本万国博覧会、大阪千里で開催
●プロスキーヤー三浦雄一郎エベレスト3キロ滑降
県スキー連盟の動き スキー界の動き 社会一般の動き
1971(昭和46年)
●第26回田沢湖国体で、千葉晴久、成年大回転に7位入賞
●山田隆、神奈川県初のSAJデモに認定される
●第9回ガルミッシュ・インターシー開催
●「SAJスキー教程」改訂、曲進傾−抱え込み送りだし
●札幌でプレオリンピック大会を開催
●天野誠一IASI理事となる
●横綱大鵬引退
●今井通子、グランドジョラス北壁登攀。女性初のアルプス三大北壁征服
1972(昭和47年)
●第27回大山国体で千葉晴久、成年大回転に1位入賞 ●第11回冬季オリンピク大会(札幌)日本92名参加(スキー26名)70m級ジャンプで笠谷・今野・青池、1,2,3位独占
●「オーストリアスキー教程」日本語版
●クルッケン・ハウザー教授、3名の教師をつれ来日。特別研修会を実施
●菅秀文IASI理事となる
●第20回オリンピック・ミュンヘン大会開催。パレスチナゲリラ事件発生
●中国からパンダ2頭、上野に到着
1973(昭和48年)
  ●ワールドカップ(アルペン)苗場大会(日本で初めて開催)
●全日本スキー連盟財団法人化
●「日本スキー教程」発刊。谷開きからピボットターン
●石油ショック
●江崎玲於奈ノーベル賞
1974(昭和49年)
役員改選、会長・黒川秋三、副会長・三塚正二郎・松浦益司郎・土田圭介、理事長・楓山一登、副理事長・松永繁之
●第29回猪苗代国体で菅原邦雄、成年距離7位入賞
●FIS世界スキー選手権大会(ノルディック−ファルン、アルペン−サンモリッツ)
●国体スキー競技の要領大幅に変更(組別など)
●小野田少尉ルバング島で救出される。
●長島茂夫選手引退
1975(昭和50年)
●第30回富良野国体で伊藤高男、成年男子1部純飛躍2位入賞。小野寺忠直、成年男子3部大回転4位入賞。上山利治、成年男子1部大回転5位入賞 。石塚久子、成年女子2部大回転5位入賞。佐藤茂暢、教員大回転6位入賞。
●小沢哲、SAJデモに認定
●第10回ビソケタトリ・インターシー開催
●ワールドカップ(アルペン)苗場大会
●「新オーストリアスキー教程」日本語版発刊
●全日本スキー連盟第6代会長、伴素彦
●松沢和子・キヨムラ組ウインブルドン女子ダブルスに優勝
●沖縄海洋博開幕
1976(昭和51年)
役員改選、会長・河野洋平、副会長・三塚正二郎・松浦益司郎留任、新任に園山和男、理事長・笹貫敏男、副理事長・片岡春夫
●第31回極楽坂国体で斉藤いく子、教員女子距離4位入賞。佐藤茂暢、教員男子大回転4位入賞。照井万貴子、教員大回転6位入賞。中野恵子、成年女子2部大回転7位入賞。工藤政蔵、男子4部距離9位入賞
●小沢哲SAJデモ認定
●第12回冬季オリンピック・インスブルック大会開催
●ホビヒラー教授一行11名が来日。指導員特別研修会を実施。
●高島修、IASI理事となる
●ワールドカップ富良野大会開催
●ロッキード事件発覚
●第21回オリンピク・モントリオール大会開催
●樋口久子、全米女子プロゴルフ選手権に優勝
1977(昭和52年)
●第32回大鰐国体で小関筬、成年男子4大回転3位入賞。佐藤茂暢、教員男子大回転4位入賞。照井万貴子、教員女子大回転6位入賞。中野恵子、成年女子2部大回転7位入賞。工藤政蔵、男子4部距離9位入賞
●小沢哲SAJデモに認定
●規約一部改正、会長推薦理事制度の制定。役員候補者の選出4月末となる。
  ●王貞治、通産756号の本塁打世界最高記録を樹立。国民栄誉賞第1号。
1978(昭和53年)
●第33回野沢国体で皇后杯8位入賞。小島景子、成年女子1部大回転1位入賞。渡辺康子、教員女子大回転1位入賞。中野恵子、成年女子2部大回転8位入賞。成田伊代子、成年女子1部大回転に8位入賞。小関筬、成年男子4大回転9位入賞。
●小沢哲SAJデモ認定
●ワールドカップ・オーベルスタウフェン大会で、海和俊宏スラロームに5位入賞 ●成田空港開港
●青木功、ゴルフ世界マッチプレー選手権優勝
1979(昭和54年)
●創立40周年祝賀会挙行
●小沢哲SAJデモに認定
●第11回蔵王・インターシー開催
●ワールドカップ(アルペン)富良野大会
●伊藤義郎FIS会長となる
●国公立大学共通1次試験実施
1980(昭和55年)
役員改選、会長留任、副会長・松浦益司郎・園山和男、新任に押川泰夫、理事長・片岡春夫、副理事長・水島秀夫 ●第13回冬季オリンピック・レークプラシッド大会開催。八木選手70m級純ジャンプ銀メダル獲得
●「日本スキー教程」発刊。交互操作とステップ
●第22回オリンピック・モスクワ大会開催。ソ連のアフガニスタン進行に抗議し、148カ国中67カ国不参加。
●イラン・イラク紛争全面戦争に発展
県スキー連盟の動き スキー界の動き 社会一般の動き
1981(昭和56年)
●第36回妙高高原国体で今巧、成年男子1部純飛躍に9位入賞。 ●ワールドカップ(ジャンプ90m級)札幌大会、ワールドカップ(アルペン)富良野大会
●第1回全日本フリースタイル選手権大会(志賀サンバレー)
●「全日本指導教本」発刊
●ローマ法王ヨハネパウロ二世来日(広島で平和アピール)
●神戸ポートアイランド博覧会開催
●京大、福井謙一教授、ノーベル科学賞
1982(昭和57年)
役員改選、会長留任、副会長・小林俊輔・星野豊・和久井民雄、理事長・清水清則、副理事長・井駒利一
●第37回国体で、会沢仁康、成年男子1部純飛躍4位入賞。汐見美紀子、成年女子2部大回転10位入賞
●ワールドカップ(ジャンプ90m級)札幌大会
●第1回全国ジュニアオリンピックスキー大会(野沢)
●ワールドカップ(アルペン)富良野大会
●猪谷千春IOC委員となる
●500円硬貨発行
●日本山岳協会登山隊チョゴリ初登攀成功
●東北新幹線、上越新幹線開通
1983(昭和58年)
  ●第12回セクステン・インターシー開催
●ワールドカップ(コンバインド)札幌大会
●ワールドカップ(アルペン)富良野大会
●猪谷千春JOC委員となる
●東京マラソン、瀬古利彦優勝
●青木功、ハワイアンオープン優勝
●東京ディズニーランド開園
1984(昭和59年)
●規約一部改正、特別会員制度導入 ●第14回冬季オリンピック・サラエボ大会開催。北沢選手スケートで銀メダル ●寒気団日本を襲う
●植村直己アラスカマッキンリーで行方不明
●第23回オリンピック・ロサンゼルス。日本選手団231名参加、金10、銀8、銅14
●グリコ・森永事件発生
1985(昭和60年)
●第40回尾瀬国体で小川みゆき、成年女子1部大回転7位入賞。高木由美子、成年女子2部大回転9位入賞 ●国際スキーパトロール大会、車山で開催 ●筑波科学万博開催
●日航ボーイング機、御巣鷹山に墜落
●宗茂・猛兄弟、北京マラソンで1,2位
1986(昭和61年)
役員改選、会長留任、副会長・小林俊輔・和久井民雄留任、新任に山崎勉、理事長留任、副理事長・柴田伸彦
●第41回倶知安国体で、西舘健吾、成年男子2部複合2位入賞。上原子次郎、成年男子2部純飛躍5位入賞。竹節伸一、成年男子1部大回転6位入賞。荒木豊志、成年男子大回転8位入賞
●第1回冬季アジアオリンピック競技大会、札幌で開催。
●「全日本スキー教程」全面改訂。ヴァリアブルスキーイング
●スペースシャトル・チャレンジャー号空中爆発
●ハレー彗星、地球に大接近
●チェルノブイリ原発事故
●大島三原山大噴火、全員離島 避難
1987(昭和62年)
●第42回白馬国体で西舘健吾、成年男子2部複合で2位、純飛躍に5位入賞。乳井学、成年男子3部距離に2位入賞。 ●第13回バンフ・インターシー開催
 
1988(昭和63年)
役員改選、会長留任、副会長・和久井民雄、山崎勉留任、新任に星野豊、理事長、柴田伸彦、副理事長・大山重彦 ●第15回冬季オリンピック・カルガリー大会  
1989(平成元年)
●神奈川県スキー連盟50周年    
1990(平成2年)
役員改選、会長留任、副会長・山崎勉留任、新任に片岡春夫、鈴木忠昭 、理事長・副理事長留任    
県スキー連盟の動き スキー界の動き 社会一般の動き
1991(平成3年)
●法人化の準備始まる
●事務所のOA化はじまる(パソコン会計着手)
●第46回六田町国体、大回転成年女子1部A大野薫3位入賞、吉田実揮子8位入賞。 複合成年男子1部A村井延彦5位入賞
●インタースキー(オーストリア・アンアントン) ●湾岸戦争突入
●雲仙普賢岳火砕流発生
●ソ連邦の消滅
1992(平成4年)
役員改選、会長留任、副会長・片岡春夫、鈴木忠昭留任、新任に本田安男、理事長留任、副理事長に新任に佐々木峻
●法人化推進室を設置
●第47回山形国体、大回転成年男子2部、鳥羽孝之、成年男子1部B伊藤昭彦7位、成年女子1部A吉田美揮子8位、成年女子2部豊田由佳8位 、距離成年女子1部A横山久美子8位
●第16回オリンピック(アルベールヒル) ●新幹線「のぞみ」登場
1993(平成5年)
    ●Jリーグ開幕
●北海道南西沖地震
1994(平成6年)
役員改選、会長留任、副会長・本田安男、片岡春夫、鈴木忠昭留任、理事長留任、副理事長・新任に佐藤嘉彦
●SAK競技資格制度
●第49回鳴子国体、大回転成年男子1部C大森睦弘 優勝、成年男子2部藤田洋一2位、成年女子2部福田明子6位、成年男子1部B柳隆晃5位、若旅健二8位、複合成年男子1部C西舘健吾3位、距離成年女子2部沖崎ゆかり
●第17回オリンピック(リレハンメル) ●関西国際空港開港
1995(平成7年)
●有資格者ID登録制着手
●第50回猪苗代国体、大回転成年男子2部、小池徹5位、成年女子1部B水野潤子7位、複合成年男子1部C西建健吾7位、距離成年男子1部A長浜一年3位
●インタースキー(野沢温泉) ●阪神・淡路大震災
●地下鉄サリン事件
1996(平成8年)
財団法人神奈川県スキー連盟としてスタート
役員改選、会長留任、副会長、本田安男、片岡春夫留任、新任に小林幹夫、専務理事、常務理事留任
●専門委員会の設置
●第1回神奈川県スノーボード選手権大会の開催
●害51回鈴蘭国体、大回転成年男子1部A三浦義人3位、成年女子1部B吉田美揮子2位、複合成年男子1部C西田て健吾6位
●財団法人化記念祝賀パーティ
  ●ペルー日本大使公邸をゲリラが襲撃
●O157による集団中毒が各地で発生
1997(平成9年)
●第52回鹿角国体、大回転成年男子1部A三浦義人8位、成年女子1部B吉田美揮子3位、複合成年男子1部C西舘健吾7位
●全国スキーパトロール技術競技大会女子の部で優勝(柴山、斎藤、小原、石川)
●日体協公認スポーツ指導員移行講習会がはじまる ●消費税5%に
●香港返還
●山一證券廃業
●温暖化防止京都会議開催
1998(平成10年)
●長野オリンピックに役員、ボランティアなど多くの県連会員が参加
●第53回安代国体、大回転成年男子1部C小笠原明2位、成年女子1部B吉田美揮子2位、複合成年男子1部C西舘健吾5位
●法人組織2期目スタート
役員改選、会長留任、副会長片岡春夫、小林幹夫留任、新任に廣瀬稔、専務理事新任に山田隆、常務理事新任に片忠夫
●本部制導入(総務本部、教育本部、競技本部)
●SAKホームページ試験運用開始
●長野オリンピック冬季大会が開催される ●明石海峡大橋開通
1999(平成11年)
●SAKホームページ正式運用開始
●弟54回小樽国体、大回転成年男子1部B伊東雄一8位、飛躍成年男子1部A折笠博史7位、複合成年男子1部C西舘健吾6位
●新規事業を拡大
●第1回SAK公認スノーボード指導員検定会開催
●第1回マスターズ・ジュニア選手権大会開催
●第1回クラブ対抗スキー大会
●第1回モーグル選手権大会(雪不足で中止)
●第1回ボードクロス選手権大会(雪不足で中止)
●第1回クラブ対抗駅伝大会開催
●スノーボード級別テスト開始
●クロスカントリー級別テスト開始
●カービングスキー大会
 
2000(平成12年)
●法人組織3期目スタート
役員改選、会長留任、副会長・小林幹夫、廣瀬稔留任、新任に古郡敬一、専務理事、常務理事留任
●インタースキー(サンアントン) ●北海道有珠山噴火
●三宅島噴火、地震
●名古屋集中豪雨で大被害